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大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)2324号 決定

申請人 定塚卓三

〈ほか一名〉

右申請人両名訴訟代理人弁護士 小林保夫

坂田宗彦

松尾直嗣

芝浦明夫

村松昭夫

被申請人 大阪相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役 多田清

右被申請人訴訟代理人弁護士 宮﨑乾朗

坂東秀明

京兼幸子

森英子

藤田健

中澤洋央兒

山之内明美

清水伸郎

主文

一  申請人らが、被申請人の本務運転手としての雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は、申請人定塚卓三に対し、金一四〇万円及び昭和六一年一二月以降本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二八日限り、一か月金二七万九〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  被申請人は、申請人中嶋哲矢に対し、金一〇五万五〇〇〇円及び昭和六一年一二月以降本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二八日限り、一か月金一九万三〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

四  申請人らのその余の申請はいずれも却下する。

五  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請人両名

1  被申請人は、申請人両名をいずれも運転手(本務)としての雇用契約上の地位を有するものとして仮に取り扱え。

2  被申請人は、申請人両名に対し、昭和六一年四月二二日以降本案判決確定に至るまで、毎月二八日限り、申請人定塚卓三については金三二万七四〇一円、同中嶋哲矢については金二四万〇一五六円を仮に支払え。

3  申請費用は、被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は、申請人らの負担とする。

第二当事者の主張の要旨

一  申請人両名

1  被申請人(以下、会社という。)は、肩書地に本社、豊中等五ヶ所に営業所を置き、従業員約八五〇名(うち運転手約七三〇名)、営業用自動車七四九台を擁して、一般用旅客自動車運送事業(ハイヤー、タクシー業)を営む株式会社である。

2  申請人両名は、いずれも会社において営業用自動車の運転手として採用され、本件各処分前本務運転手として勤務していた。

3  会社は、昭和六一年四月一九日、会社構内の掲示板に「指示」なる表題のもとに、申請人両名に対し、「申請人らが同月一一日午後二時五〇分より午後三時四五分ころまで、会社正門、社長宅前、会社周辺において、右時間帯に営業車が多数出庫するのを目あてに会社に対する各種の要求を訴えて宣伝したことが就業時間中の組合活動にあたり、加えて両名とも欠勤、遅刻等が多いので、就業規則第七四条第八号により、いずれも同月二二日から同月三〇日までの八日間、申請人定塚につき第一部三課車庫整備係、同中嶋につき第四部七課車庫整備係をそれぞれ命ずる」旨の懲戒処分(以下、第一次下車勤処分という。)を課した。

4  そして、会社は、同月三〇日、申請人両名に対し、「申請人らが第一次下車勤処分に従わなかったので指示した八日間整備係としての勤務を行うまでタクシーへの乗務を禁止する」旨の口頭による意思表示(以下、第二次下車勤処分という。)を行い、以後申請人両名や所属労働組合の抗議、要求にもかかわらず乗務を認めなかった。

5  さらに、会社は、同年五月二九日付で、申請人両名に対し、「申請人らが会社の再三再四にわたる警告を無視し、組合幹部責任者として違法不当な組合活動を企画、決定、指導し、かつ自らこれを実行して会社の企業秩序を著しく侵し、会社に物心両面にわたる損害を与える非違行為を繰り返したうえ、企業秩序維持の観点から会社が行使した正当な懲戒処分にも従わず、全く悔悛の情を示さないから、就業規則第七四条一〇号、第七六条二、三、一六、一七号を適用して、申請人両名をいずれも懲戒解雇に処する」旨の通知書を送付して懲戒解雇の意思表示(以下、本件懲戒解雇という。)を行い、右各通知書は、いずれも同年六月一日に申請人両名に到達した。

6  本件各処分は、いずれも以下の理由により無効である。

《中略》

第二当裁判所の判断

一  第二当事者の主張の要旨一1ないし5の各事実は、当事者間に争いがない。

二  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

1  会社の経営方針等

会社は、昭和五五年一一月以降、運輸行政当局の指導に沿って、従来の中型車から小型車への台替えを計画的に行い、いわゆる省エネ小型経営を最重要の経営方針としてその推進、実現に取り組んでいた。

2  全相労の対応

会社の下には、相互タクシーグループの従業員で組織する全自交全相互タクシー労働組合(全相労)の大阪支部があり、申請人らもこれに加入していたが、昭和五七年五月二二日、全相労は執行委員会を開催し、会社の前記経営方針に賛成の立場をとることを決定した(同月二四日会社との間でその旨の内容の協定が締結された。)が、法対部長であった申請人定塚は、これに反対の立場を表明していた。

3  新組合結成の経緯

同年六月上旬ころ、会社は、小型車の導入に反対していると目される二〇数名の運転手に対し、個別に意見書の提出を求め、申請人定塚、高橋及び砂川の三名が基本的にはこれに反対である旨の意見書を提出した。

これに対し、会社は同月一一日、会社の経営方針に反対したとして、右三名を二週間の下車勤処分(乗務を禁じ、車庫または工場勤務を命ずる処分)に処したため、三名は、会社に抗議を行うとともに、自交総連大阪地連の東地区協議会事務局に相談したところ、同事務局は、同月二二日、二三日の両日、会社社屋の前で右三名の下車勤処分に反対する旨の宣伝活動を行った。

そのため、会社は、同月二六日右三名に対し、「会社の省エネ小型経営方針に反対する三本務の代務降等に関する件」と題する告示を掲示し、同人らを同年七月一日付で相当の期間代務運転者に降格する旨の代務降等処分を行った(なお、右処分は、同年一〇月二一日付で解除されたが、昭和五八年二月一〇日当庁仮処分申請事件において、右処分の無効を前提とした賃金仮払の決定がなされた。)。

右三名は、会社に対して右降等処分に抗議するとともに、同事務局の事情聴取に対して会社の経営の実体、労働条件の実状等を説明したところ、同事務局は、これをもとに作成した会社主張(二4(二))の記載を含む内容のビラ(以下、本件ビラという。)を、同年七月中旬ころから会社近辺の団地を中心に大量に配布する宣伝活動を行い、右三名は、右降等処分に対する抗議や本件ビラのうちの中央部囲みの中の部分(社長を大仏に見立てた風刺画等の記載のあるもの)をコピーして転載したものなどを内容とする同月一六日付の「相互タクシーをまともにする会ニュース」と称するビラ五〇〇枚位を作成、配布した。

同月二五日、同事務局の指導の下に、自交総連大阪地連傘下の新組合が結成され、申請人定塚はその執行委員長、申請人中嶋はその副委員長にそれぞれ就任し、全相労に脱退届を提出した。

4  新組合結成後の労使関係について

会社は、新組合を全相労の分派とみなして団体交渉に応じず(団体交渉拒否については、昭和五七年一一月一八日大阪地方労働委員会より救済命令が出され、同命令は、中央労働委員会において確定した。)、あるいは、新組合の組合員に対して全相労の組合員としての組合費のチェックオフを継続する(チェックオフについては、昭和五七年一〇月八日、同五八年三月八日当庁仮処分申請事件において、それぞれチェックオフの差止を命ずる決定が出され、会社は、昭和五九年六月以降チェックオフを中止した。)などし、新組合も会社の経営方針を批判する宣伝活動を強化し、これを妨害する会社との間で厳しい対立、緊張関係を生じ(新組合の宣伝活動に対する不当な妨害の排除とこれについての謝罪等について、昭和六〇年一〇月二二日大阪地方労働委員会より救済命令が出され、現在中央労働委員会に係属中である。)、また、申請人らを含めた新組合の組合員に対する多数の懲戒処分をめぐって労働委員会や裁判所に争訟が係属した。

5  本件各処分の経過

会社は、前記大阪地方労働委員会の救済命令(昭和六〇年一〇月二二日付)に対して中央労働委員会に再審査を申立て、他方、新組合は、申請人定塚ら就業時間外の組合員が会社周辺において、ハンドマイクで会社に対する右救済命令の履行その他労働条件の改善を求める宣伝活動を行ったところ、会社は、同年一一月二日申請人定塚に対し、右組合活動を理由に五日間の下車勤処分を行い、さらに新組合の副執行委員長二名を含む九名に対し、右同様の理由で「今後一〇人簿成績が改善向上しない限り新車台替は認めない」旨の処分を行ったうえ、昭和六一年三月二〇日新車乗替時期が到来した副執行委員長二名の新車台替を認めず、中古かつ小型車への乗務を指示した。

そこで、新組合は、同月三一日から四月一八日までの間、概ね別紙組合活動一覧表(1)ないし(13)記載のとおり、申請人両名を含む組合員において、右処分の取消しその他の要求を訴える宣伝活動や抗議行動を行うとともに、会社に対し、事務所内受付において団体交渉を強く申し入れるなどした(これらの組合活動のうち、一六時を越えるものについては新車台替を拒否された者が継続して行った。)ところ、会社は、同月一九日申請人両名に対し、前記のとおりの第一次下車勤処分を行った。

その後、新組合は、概ね別紙組合活動一覧表(14)ないし(22)記載のとおり、申請人らを含む組合員において、第一次下車勤処分の不当性を訴えるなどの宣伝活動や抗議行動を行い、また、申請人両名も、それぞれの上司を通じて処分の撤回を要求したが、会社からは何らの回答も得られず、右処分の満了日以降の乗務が認められるか否かも不明であったため、この点を上司に間い糺したところ、右処分満了日の翌日である同年五月一日、「四月一九日付処分を受けない限り乗務させないとの上からの命令だ。これを受けない限りいつまでも続く。」旨言い渡され、前記のとおりの第二次下車勤処分を受けた。

申請人らは、同年五月二一日当裁判所に対し、第一次及び第二次下車勤処分を無効として本件仮処分申請(昭和六一年(ヨ)第二〇二〇号)をなしたが、会社は、その後、申請人両名に対し、同月二八日付で前記のとおり本件懲戒解雇に処した。

6  就業規則中、本件各処分に関連する部分の記載は左記のとおりである。

第七四条 罰則は次の十種とし其の軽重は概ね記載の順序とする。

一ないし六 省略

七 三日以上五十日以内の出勤停止をする。(欠勤無給の扱)

八 職階の降等又は職種の変更をなす。

九 省略

十 懲戒解雇

第七六条 左の各号の一に該当する者は懲戒解雇又は勧告に依る引責辞職をなさしめる。

但し反則の軽微な者又は平素精励善良な者は罰則を酌量する。

一 上長の名誉を毀損した者

二 上長の職務上に基く指示命令に服せず之に反抗し若しくは暴言を吐き或は暴行したる者

三 会社又は上司に損害を与える目的を以って様々な行動をする者

四ないし十四 省略

十五 無届欠勤多き者又は勤務怠慢なる者

十六 会社の事業用地及び建物内亦は就業時間中に労組活動を行った者

十七 会社内の各種禁止制限の標示に従わない時

十八ないし二十四 省略

第七十七条 前条の選反に基き罰則を科する時は所属部課長及調査課又は人事課等に於て充分に調査したる後社長又は社長に代る重役之を裁決する。

三 申請人らは、本件各処分がいずれも無効である旨主張するので、前認定の事実を前提として、順次判断する。

1  第一次下車勤処分について

(一) 第一次下車勤処分は、運転手として採用された申請人らに対し、期限を定めて整備係としての勤務を命ずるものであるところ、本件疎明資料によれば、申請人らの雇用契約上の地位は、その職種が運転手として特定されていたものと一応認めることができるが、右懲戒処分は、就業規則第七四条八項に基づく職種変更処分としてなされたものであり、右条項自体を公序良俗に違反するとまではいえないから、懲戒処分としての職種の変更は、労働契約の内容をなすものとして許されるというべきである。

(二) そこで、まず、会社が第一次下車勤処分に際して申請人らに告知した処分理由の存否について検討する。

会社は、第一次下車勤処分に際し、申請人らの昭和六一年四月一一日の組合活動(会社正門、社長宅前、会社周辺における宣伝活動)が就業時間中の組合活動にあたることを主たる処分理由として掲げているところ、同日の申請人らの組合活動は、会社の主張を前提としても、その時間帯は午後一四時五〇分から一五時四五分までであり、疎明資料によれば申請人らを含む運転手の就業時間は午後四時からと一応認められるから、右時間帯は、申請人らの就業時間外であることは明らかであって、右組合活動を就業規則第七六条一六号所定の「就業時間中」の組合活動に該当するとみることは、その文理解釈の限界を超えるもので到底許されるものではない。そして、会社が従前から掲示等によって、同号にいう就業時間中には、組合活動を行う相手方従業員が就業時間中である場合も含まれる旨を周知撤底させていたとしても、これによって右就業規則が変更されたとみるべきものでもない。

もっとも、会社の正常な業務の運営が阻害されるような組合活動が許容されるものではないが、当日の組合活動は、いずれも就業時間外に会社主張場所付近の公道上でなされた宣伝活動が中心であり、会社が懲戒事由となり得る組合活動として、就業規則第七六条一六号において「会社の事業用地及び建物内」における組合活動と「就業時間中」の組合活動のみを掲げている趣旨に鑑みれば、就業時間外に会社の事業用地もしくは建物外で行われる組合活動については、同条三号(会社または上司に損害を与える目的による行動)など他の条項に該当する場合を除いては、これを懲戒事由となし得ないというべきである。

また、会社は、告知理由の中で、申請人らに欠勤、遅刻等の多いこと(同条一五号)を掲げるが、この点についての疎明はない。

(三) ところで、会社は、処分当時申請人らに告知した処分事由以外の事実(別紙組合活動一覧表(1)ないし(7)、(9)ないし(13))をも追加主張しているので、このような追加主張がそもそも許されるか否かの点について判断を加える。

思うに、懲戒処分の有効性を基礎づける処分事由の主張は、処分の際に告知した事実に拘束されるとする法的根拠はなく、後に右以外の事実を追加主張することは、民事訴訟法一三九条によって時機に遅れた攻撃防禦方法の提出として却下すべき場合(本件はこれに該当しない。)を除いて、当然に許されないとするいわれはない。しかしながら、使用者がその雇用する労働者に対して課する懲戒処分は、企業の存立、運営に不可欠な企業秩序を維持確保するため、労働者の非違行為に対し、就業規則に基づいて一種の制裁罰としてなすものであるから、使用者が懲戒権を行使するに当っては、事実を特定し、それが就業規則所定の懲戒事由に該当するとしてこれを行うべきものであるし、また、数個の非違行為に対しては、必ず一個の処分をもって臨まなければならないものでもないから、使用者のなした懲戒処分が合理的な裁量権の行使といえるか否かを判断するに当っては、処分当時に存した客観的事実のすべてを判断の基礎とすべきではなく、使用者が当該処分の対象として認識していた事実を基礎としなければならないというべきである。そうすると、使用者の追加主張する事実が全く不特定であったり、処分の対象として認識されていなかったことを自認するような場合には、主張自体失当として排斥されなければならないが、本件では主張自体失当とはいい難い。

そこで、会社が第一次下車勤処分の際、果して右追加主張にかかる事実を処分の対象として認識していたか否かを判断するに、これらの事実が告知されなかったことに照らすと、これを否定的に解する余地もないではないが、反面、これらの事実は、会社が新組合の組合員二名に対して新車台替を認めなかったことに端を発した申請人らの一定期間内における一連の組合活動であって、告知された事実と一体をなした同一類型の行為であることに鑑みれば、これらについても懲戒事由として考慮されていたと一応推認することができる。

そこで更に、右追加主張にかかる事実が就業規則第七六条一六号所定の懲戒事由に該当するか否かを検討するに、事務所内受付以外での組合活動は、同号にいう「会社事業用地及び建物内」での組合活動とはいえないし、前記のとおり、一六時を越えない組合活動をもって同号の「就業時間中」の組合活動ということもできない。また、一六時を越えるものについては、新車台替を拒否された者が引き続き行ったもので、申請人両名がこれに加わっていたとの疎明は存せず、事務所内受付におけるものについては、団体交渉の要求にかかる行為であって、その性質上会社内で行われるのは当然であるから、その態様が相当性を欠き、違法性を帯びる場合があるとしても、同号の「建物内」での組合活動として禁止されるべきいわれはなく、結局、会社の追加主張にかかる事実もまた同号に該当する懲戒事由とはなし得ないというべきである。

(三) ところで、会社は、第一次下車勤処分の事由とした申請人らの組合活動について、申請人らのマイクを使用した宣伝活動の音量が受忍限度を越え、就業中の従業員の能率を妨げていること、社長の出社を実力で拒んだこと、会社が団体交渉に応じているのに執拗に面会を強要し、窓口従業員の業務や面会に応ぜざるを得なかった会社管理職の業務に多大な支障を来したことなどをも処分理由として主張しているところ、会社は、これらが就業規則所定のいかなる条項に該当するものであるか明らかにしないので、右は、単に一六号所定の懲戒事由についての情状としての主張とも解されるが、そうだとすれば、前記のとおり、申請人らの組合活動がそもそも一六号所定の懲戒事由に該当しないのであるから、右事実について判断するまでもない。また、これらが三号所定の懲戒事由に該当する旨の主張とみても、申請人らの組合活動は、処分の取消しその他の要求を訴える宣伝活動、抗議行動、団体要求等に出たものであって、これらに若干の行き過ぎがあったとしても、同号にいう「会社または上司に損害を与える目的」を有していたといい得る程度に強度の違法性を帯びていたとみることはできず、その疎明も不充分である。

そうすると、第一次下車勤処分は、結局処分理由を欠くものとして無効というべきである。

2  第二次下車勤処分について

(一) 第二次下車勤処分は、八日間整備係として勤務しない限り、タクシーへの乗務を禁止するというものであるが、右は、要するに、始期及び終期を定めることなく期間のみをもって整備係としての勤務を命ずるとともに、労働者が右命令を遵守しない限り、運転手としての就労を拒否し、もって賃金を支払わないという複合的性格を有するものである。

ところで、右のように期間のみを定めてなす職種の変更は、その始期を労働者の意思にかかるしめるものである限り、そのこと自体をもって違法なものということはできず、前記のように、就業規則に根拠を有する懲戒処分として許容されるものであり、また、懲戒処分に従わなかったことを理由として新たに懲戒処分を課することも、それが濫用にわたらない限り、許容されて然るべきである。しかしながら、第二次下車勤処分は、申請人らに対し、八日間の整備係としての就労を義務づけるとともに、申請人らがこれに従わない限り、雇用契約上の地位である運転手としての就労を拒否し、その賃金を支給しないことによってこれに間接強制を加えるものであって、こうした措置は、単に就業規則上の根拠を有さない違法なものであるというにとどまらず、労働者の人格尊重の理念(右は、労働基準法五条、一六条の規定からも窺うことができる。)に照らして到底許容されるものではない。

(二) もっとも、右のような間接強制が許されないとしても、八日間の整備係としての勤務を命ずる部分について(したがって八日間の賃金不払いを正当化する限度で)は、なお、有効と解する余地も存するが、前認定の事実によれば、第二次下車勤処分は、申請人らが第一次下車勤処分に従わなかったことを理由になされたものであることが明らかであり、前記のように、第一次下車勤処分は無効であるから、結局処分理由を欠くものとして無効というべきである。

3  本件懲戒解雇について

(一) 会社は、本件懲戒解雇の処分事由として、会社を誹謗、中傷する非違行為(主張理由(1)という。)と違法不当な組合活動(主張理由(2)という。)の二点を主張し、右(1)に属するものとして、昭和五七年七月二〇日ころの申請人らの本件ビラ配布行為(作成への関与も含む。)が会社の名誉、信用を著しく毀損したことを掲げ、これが処分の決定的事由である旨を主張する(これらが就業規則所定のいかなる懲戒事由に該当するかは、明らかにされていない。)とともに、通告書記載の告知理由のうち、申請人らが懲戒処分(本件各下車勤処分)に従わなかったことを理由とすることは二重処罰禁止の法理に触れるおそれがあるから、これを処分事由から撤回した旨主張する。しかしながら、前記のように、懲戒処分の有効性を判断するに当って基礎とすべき事実は、処分当時、使用者が処分の対象として認識していた事実と解すべきであるから、会社が後に処分事由からこれを除外したことは、それが処分理由たり得ないことを自認したという以外には意味を為さず、その趣旨は不明といわざるを得ない。

ところで、右通告書には、その処分理由として、申請人らが会社の警告を無視し、組合幹部責任者として違法不当な組合活動を企画、決定、指導し、かつ自らこれを実行して会社の企業秩序を侵害し、会社に損害を与えたこと(告知理由(1)という。)、会社のなした懲戒処分に従わず、改悛の情を示さないこと(告知理由(2)という。)の二点が掲げられており、これらが就業規則第七六条二、三、一六、一七号所定の懲戒事由に該当する旨記載されているので、主張理由及び告知理由のそれぞれについて検討する(なお、主張理由(2)と告知理由(1)は同一内容である。)。

(二) まず、告知理由(2)については、本件第一次及び第二次下車勤処分が前記のとおりいずれも無効なものであるから、これを処分事由とすることができないことは明らかである。

(三) 主張理由(2)(告知理由(1))については、申請人らの新組合結成以後の組合活動の違法性を指摘するのであって、極めて広範囲かつ無限定のものであり、従前の処分対象とされた事実との区別もなされていないうえ、行為自体の具体的態様、就業規則該当性等についてほとんど明らかにされておらず、懲戒事由として特定されているものとは到底言い難く、このような抽象的事実をもって処分事由とすることは許されないというべきである。

(四) そこで、主張理由(1)、とりわけ会社が本件懲戒解雇の決定的事由とし掲げる申請人らの本件ビラ配布行為について検討する。

ところで、右事実は、通告書に記載されていないうえ、新組合結成以前のものであるから、通告書からこれを窺うことは不可能であるし、懲戒権の行使は、当該非違行為が行われた後、可及的速やかに行使されるのが通例であるにもかかわらず、本件にあっては、行為後三年一〇月余を経過して処分されたもので、極めて異例の事態といわなければならない。会社は、処分時に右非違行為を明示しなかったのは、申請人らが本件ビラの作成、配布にどのように関与していたか、会社の小型経営を阻止する目的があったか否か、自交総連大阪地連と結託していたか否か、申請人らが当時全相労の組合員であったか否か等が明確でなかったからである旨主張しており、そうであれば、行為当時と比較してその認識の程度にいかほどの差異があるのか疑問があるばかりか、右非為行為が処分の対象となっていたとしても、一種の見込みに基づいてなされたものということができ、就業規則第七七条の趣旨に照らしても、そのこと自体、合理的な裁量権の行使といい得るか否か疑問の余地があるが、これらの点はさておき、そもそも申請人らが本件ビラの作成、配布に関与していたか否かについて判断する。

ところで、本件ビラの作成、配布の状況は、前認定のとおりであるところ、本件全疎明資料によっても、申請人中嶋がこれに関与していた形跡は窺われず、また、右ビラは、申請人定塚らの説明等によって知り得た事実に基づいて、自交総連大阪地連東地区協議会においてこれを作成したものであって、右ビラの記載にいささか隠当を欠く表現が存するにしても、記載された具体的事実については、一部経営批判にわたる部分も存するものの、労働条件と密接に関わる限度でのものであるうえ、これを何らの根拠のない虚偽の事実ということはできないし、会社の機密に属する事項にも該当しないから、同申請人の説明自体に会社に対する誠実義務に違反する点が存したとはいい難く、また、同申請人が右ビラを配布したとの疎明も不充分である(《証拠省略》の各写真によれば、昭和五七年七月二三日に同申請人が自交総連大阪地連のものと思われる車の助手席に乗っている姿が撮られており、その宣伝活動に加わっていたことが窺われるが、これとて、右ビラ配布行為と直接結びつくものではない。)から、右ビラの記載内容の違法性について判断するまでもなく、これを処分事由となし得ない。

そうすると、本件懲戒解雇は、結局処分理由を欠くものとして無効というべきである。

四 疎明資料によれば、申請人らは、第一次下車勤処分に至るまで会社から毎月二八日限りそれぞれ給与の支払いを受けていたところ、申請人らは、右処分以来運転手としての労務の提供を拒否され、賃金の支給が受けられなくなったこと、申請人らの本件各処分前三か月間の平均給与額は、申請人定塚につき金三二万七四〇一円(但し、公租公課等を控除した手取り平均給与額は金二七万九〇四〇円)、申請人中嶋につき金二四万〇一五六円(但し、右手取り平均給与額は金一九万三一五四円)であることが一応認められる。

五 保全の必要性

疎明資料によれば、申請人らは、いずれも会社から支給される賃金のみで生活する労働者であるところ、本件各処分後は、雇用保険法に基づく失業給付の仮支給や労働組合からの借入金(これらの合計金額は、申請人定塚につき金一四〇万円、同中嶋につき金一〇五万五〇〇〇円に達している。)などによって、現在まで辛うじて生計を維持してきたことが一応認められる。

そうすると、申請人らの賃金の仮払いを求める申立のうち、過去の部分については、申請人定塚につき金一四〇万円、同中嶋につき金一〇五万五〇〇〇円の限度で仮払いの必要性が認められ、昭和六一年一二月以降については、申請人定塚につき金二七万九〇〇〇円、同中嶋につき金一九万三〇〇〇円の限度で第一審本案判決言渡に至るまで(その後は申請人らが勝訴すれば、右判決に仮執行の宣言を得ることによって同様の目的を達し得る。)仮払いの必要性を認めるのが相当である。

六 以上のとおり、申請人らの本件各申請は、主文第一ないし第三項の限度(なお、申請人の趣旨第一項は、主文第一項の趣旨を含むものと解される。)で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余の部分は理由がなく、かつ保証をもって疎明に代えさせることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田邉直樹)

〈以下省略〉

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